とある日曜日、あまりに暇を持て余したおれは、
美術の授業で使った余りのスケッチブックと鉛筆を持って
真琴の部屋を訪れた。

例によって部屋の中はマンガ本と肉まんの包み紙が散乱していた。
男のおれの部屋より汚いのは問題じゃないだろうか。
毎日掃除をしてくれている秋子さんに感謝すべきだろう。
真琴のやつはそんな中で、のうのうと肉まんを頬張りつつマンガに耽っていた。
肉まんとマンガがあれば幸せというのは羨ましいかも知れない。

と、こうしておれが真ん前で沈思黙考してみせても、
案の定真琴は気付いてくれなかった。
おれは手首のスナップを利かせてスケッチブックを真琴の頭にヒットさせた。

「わ、いたいっ!」
「どうだ、目が覚めたか?」
「祐一っ!いつの間に真琴の部屋に入ったの?」
「結構前に」
「あれほど勝手に入らないでっていったのにっ」
「こんなに散らかった部屋を人に見せたくない気分は分かるな」
「違うっ。真琴は片付けるつもりはあるけど色々忙しくてできないのよっ」
「マンガとかマンガとかマンガとかにか」
「あぅ」
「よし、お前もマンガに人生を賭けるつもりなら絵の一つも描けなきゃならん」
「漫画家になれっていってるの?」
「そうだ。売れっ子漫画家になれば肉まんも食べ放題だぞ」
「そんなに簡単になれる?」
「大丈夫だ。お前には才能がある。おれが見込んだんだ間違いない」
「あぅ。嘘くさい・・・」
「とにかく今日はスケッチの練習だ!」スケッチブックから1枚破り、残りを鉛筆をいっしょに真琴に渡してやった。
破った紙は適当な大きさのマンガ雑誌を下敷きにしておれが使うことにした。

「そうだな、りんごなんて描いても面白くないし」

部屋を見回すと、スケッチブックを抱え持って手持ち無沙汰にしている真琴の顔が目に入った。これだ。

「人物画だ」
「人物画?」
「おれが真琴を描いて、お前がおれを描く」
「ふーん。ちょっと面白そう」
「だろ。それと、出来上がるまで相手の絵は見ないこと。後のお楽しみってやつだ」
「わかった」

やや間を空けて、おれと真琴が向かい合わせで座った。
いつもはだらしなく寝そべった姿しか見たことがなかったが、
今は女の子座りなどをいっちょ前にしていた。

「よーし、ぴくりとも動くなよ。おれが一大傑作を描いてやる」
「あぅ。真琴も描くんだから無理」

当り前だ。鉛筆を動かす時はどうしても視線と頭が紙の方にいってしまう。
それよりももっと問題があった。

「おい、何でおれを睨んでるんだ?」
「祐一こそ真琴の顔をじろじろ見ないでよ」

これまた当り前のことだが、相手の顔を見なければ描けない。
別に肖像画である必要はなく、絵を描いている姿を描いてもいい。
しかし二人とも音楽室に飾ってあるような、
胸から上の正面向いた肖像画をイメージしていたようだった。
その結果、こうしてしばしば睨み合いをすることとなった。
傍から見れば間抜けな光景だったろう。
絵描きの鉄人モードに入ったおれと真琴はそんなことも気にせず、
ぶつくさ言いながらもせっせと絵を描いた。
「うっし。できたぞ!」

おれが完成を宣言したのは書き始めてから20分くらい経ってからだったろう。
人を絵描きに誘った割にはおれに絵心があるわけでもなく、
せいぜい長い髪と頭の両側に付けたリボンらしき物体によって、
実物とよーく見比べたらモデルが誰だか分かる程度の代物だった。

「あうーーっ。早すぎー」
「なんだ、まだ描けてないのか。時間をかけたところで下手は下手だぞ」
「祐一、描き終わったならじっとしてて」

真琴はからかいの言葉にも反応せずに一生懸命に描いては直し、
描いては直しとやっていた。
そんなマンガとイタズラ以外に真剣になっている様を見て、
ほとんど意外、少し感心した。

「男前に書いてくれよな」
「真琴は見たまましか描けないの」
「そりゃどういう意味だ」
「そのままの意味」

スケッチブックとおれの顔とを代わり代わりににらめっこしては、
ちまちまと鉛筆を走らせる真琴。
こいつ、こんな顔もできるんだな。いつも小憎らしい顔ばかりしてるのに。
理想的なモデルとなるべく、瞬き一つしないようにしながら、
おれはそんなことを考えていた。


「できたっ」
「うぉっ?」

いつの間にか閉じ加減だったおれの目は、
真琴の大声で目いっぱい開かれた。

「おっ、できたのか」
「うん。真琴の絵の素晴らしさのあまりに気絶しないでよ」
「誰がするか。んじゃ見せっこだ」

おれと真琴は床に伏せた絵を同時に表にめくった。

「わ、なにこれっ」
「むむむ」

おれが想像していたよりも真琴の絵は上手かった。
まあ、手放しで上手いと褒められるほどに上手くはない。
顔のパーツのバランスはおかしいし、なんだかやけにマンガチックだった。
しかもどこかで見たような・・・
けれど、描いたり消したりしてある線の束から浮かび上がっているのは確かにおれの顔だった。
唯一の、あたしの道しるべだから。ふと真琴の言葉を思い出した。

「祐一ヘタすぎっ。こんなの真琴じゃない!」
「お前の絵こそなんだ、マンガみたいじゃないか」
「その絵に比べたら天と地の差よっ」
「そっちが地か」
「違うわようっ。祐一の絵なんて誰が見ても子供の落書じゃないっ」
「最近はこういう絵が受けるんだ」
「もういいっ、秋子さんにきいてくるっ」

そう言って2枚の絵を引っ掴むと真琴は部屋から出て行った。
素直に負けを認めたくなくて売り言葉に買い言葉をしてしまったが、
あの絵を秋子さんや名雪に見られるのは勘弁だった。
おれは慌てて真琴の後を追った。


「真琴ちゃん(1秒)」
「驚いたよ。絵が上手だね」

遅かった。

「それに比べて祐一の絵は下手すぎだよ」
「ぐぉ。言うな」
「そうねえ、もうちょっと真琴ちゃんらしく描けてたらねえ」
「ほうら、やっぱり真琴の勝ちっ。秋子さん、記念に額に入れて飾りたい」
「調子に乗るな」
「あら、それもいいかも知れないわね。せっかく良く描けているのだし」
「秋子さん・・・。くそっ、名雪それをちょっと貸せっ」

おれは名雪から自分の絵をひったくった。

「仕上げに名前を入れてやる。殺・村・凶・子と。これで完成だ!」

悔し紛れにおれはでかでかとそう書いてやった。

「あーっ。ひどいっ。そっちがその気ならこっちだって!」
「うぉ、何てことを」
「また喧嘩してるよ・・・」
「喧嘩するほど仲が良いというのよ」

その時に描いた絵は水瀬家の押入れの中に仕舞ってある。
あの後おれは一度だけ自分の絵を取り出して、
少しだけ真琴の頭の部分に描き加えた。
実は額も既に買ってあったりする。
まだ飾れそうもない。
思い出が思い出として見れるようになったら、
あいつの願いを叶えてやりたいと思う。
額の中にはおれのヘタクソな落書きの隣に、
『バカ祐一』と書きなぐってあるマンガみたいな真琴の絵。
まるで子供みたいな絵だけれど、
子供みたいに不器用だったおれたちには似合いじゃないだろうか。



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